すこしの読書

久しぶりに読書のスイッチが入った。

数年前に購入した「コミュニケーションのデザイン史」という本。

といっても、すべて読んだわけではなく、第二章まで。

ページにしておよそ100ページ。今日は一旦ここまで。

コミュニケーションデザインとはなんぞやから始まり、人類がどのように増えていったか、また地図はどのようにして出来上がってきたか、歴史を順に書いてあり、とても興味深かった。

私は、本を読む集中力がない。

よし、読むぞを思っても、興味が沸かなかったり、難しくて理解できないと、すぐやめてしまう。

それまでも挫折してきたのだが、kindleだったら読むかもと思い、Fire HDを購入してみたが、なかなかうまくいかない。

では、なぜ今回自分にとって100ページも読めたのか、要因を考えてみる。

(たかが100ページくらいすぐ読めるでしょ、と思うかもしれませんが、私にとってはとてもすごいことなんです)

音楽を聴きながら

まず、外音を遮断し本を読むことに集中するために、音楽を聴きながら読んでみた。

これが、良かった。ただ今までも音楽を聴きながら読んでみたこともあったのだが、うまくいかなかったので、音楽を聴くという行為がよかったかどうかはわからない。

今日の自分としては、良かったということ。

内容が面白かった

  • 第一章:人類がどこから派生して、どのようにして全世界に広がっていったか
  • 第二章:人は地図をどのように考え、様々な道具に変化し、今日の地図になっていったか。

上記二点が、興味を持ち入り込んでしまった。

途中、天動説を唱えた学者がどのようにして地球の周回の距離を割り出したか図解があったが、図解をみてもよくわからなかったので、ノートに計算式を書いて一緒に計算してみた。

三平方の定理など学生時分に習った計算を忘れており、検索をしながら計算してみた。

書いてあることをただ読むのではなく、読んでみた結果「なぜ?」と疑問が浮かび、それを自分で調べてみる。

これが、とてもよかった。つまり、疑問を持ち、それを解決するために調べ、解となる。

その結果、本に書いてある内容に対して、なるほどとなり、理解する。

書いている中で、学生時の授業や勉強を思い出した。

理解せず、ただ読むということを繰り返す。先生の話をただ聞き、黒板に書いてあることを、ただノートに写す。

なぜ、三平方の定理が必要か、こういう歴史を交えて必要性を訴えれば、なるほどとなったのではないか。

なぜ計算が必要なのか、歴史を持ち出して教えることで、興味が沸く。なるほどと納得する。

ただ、先生はそういう教え方をしていて、その時の自分にただ興味が沸かなかっただけかもしれない。

学生の時と今では、知識の量も感受性も異なるから。

昔の学者は地球の一周を太陽の確度と地点の距離で割り出した、という事実を子供に教えることで興味が沸くかもしれない。そのことに気付いたことは、この年になってもありがたかった。

ただ一つ、「誰が」ということが必要なのかどうか。

自分が今の時点で覚えていることは、事象のみ。ここに名前を覚えることで真実として、もしくは正確性として親の言うコトでも真実味が沸くのか、正直分からない。

※欧州の名前が難しく、一緒に覚えるとなると大変なのです。

とにもかくにも、すこしづつ読んで、第三章以降も興味深いものがあれば、ここに書いていきたい。

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